最後の運動会

「これがTにとって最後の運動会やねん。
来月からK市の施設に入所することに決まって…」

そんなことは全く知らず
個人演技で頑張ったTくんのお母さんに
「Tくんがんばったね~」と声をかけた私は
とっさに状況が飲み込めずに
凍りついてしまいました。

Tくんとのんは同い年。
出会いはのんが3歳の頃にさかのぼるので
ご縁はかれこれ12年になります。
3歳から1年間通っていた母子通園施設へ
同じ送迎車で通っていたことがきっかけです。

Tくんもおそらくのんと同じく
重い知的障害をともなう自閉症で
同じような障害児の親御さんなら
ご理解いただけると思いますが
3歳の頃と言えば
我が子の障害と向き合い、受け容れることに必死で
また
ひょっとすると私の努力次第で
まだ間に合うのではないかという気持ちもあり
同じ年頃の健康な子どもに少しでも近づけたいと
とにかく色んな気持ちがぐちゃぐちゃに混ざり合った
複雑な時期でした。

Tくんのお母さんは
あまり自分の思いを話す人ではなかったけれど
彼女もまた
きっとそんな気持ちを共有していたのではないかなと
思います。

それから
ご主人の都合で他市に転居されたり
また戻って来られたり
ある日突然
「自閉症が治るっていうセミナーがあるから
一緒に参加しない?」とお電話をいただいて
戸惑ったりしたけれど…

「主人はTのことは何にもしてくれない。」と言う彼女は
Tくんにまつわるしんどさ、悲しさを
ひとりで背負っているような気がして
何となく、どうしてらっしゃるかな…と気になっていました。

中学生になって
また支援学校で10年ぶりにTくんに出会うことができて
とても懐かしく嬉しかったとともに
彼の今の姿を見て
うまく言えませんが彼女の今の大変さを
何となく想像して勝手にまた心配していました。

昨日彼女は
Tくんは思春期に入ってから特に
お薬の副作用のせいもあって
暴れたり叫んだり彼女に暴力をふるうことも
しばしばあった、と話してくれました。
彼女の腕には
無数の引っかき傷や噛みついたような痛々しい傷跡が
ありました。
もう随分前から医師に
最悪の事態になる前に
早く施設を探して入所させたほうがいいと
言われていたそうです。

そして年度途中だけど
奇跡的に空いた施設があって
やっと来月から入所できることになったと
すっきりした笑顔で話してくれました。

「最後の運動会」
私は中学生最後の運動会だと思ってた。
彼女が言ったのは
「人生最後の運動会」という意味だったのです。



私は………
何も言えませんでした。



週末に帰ってくるとか
時々会いに行くとか
そういう甘いことを言ってたら
少なくとも今は解決しない
本当の別れです。

今のんがそうなったら…と
簡単に置き換えて想像することはできません。
昨日もものすごい勢いで叫び、暴れるTくん。
それを日常のこととして対処する
彼女と担任の先生の姿を見ていると
私には何も言えないし
これからTくんから「解放」される彼女を
責めることなんて絶対にできない、と思いました。

彼女は私が計り知れない
痛み・苦しみ・悲しみを
ひとりで背負ってきたのでしょう。
だからすっきりした笑顔なのでしょう。

彼女の笑顔は、本当に悲しい。

一番しんどい時に誰かが支えてあげられたら…とか
行政がもっと手厚くサポートできたら…とか
そんな言葉は軽い。

人間は
その時その時で
少しでも楽になれる道を選ぶしかないのですね。
それはやはり
Tくんと彼女の運命なんでしょう。

のんを育てていると
本当に色んなことに気付かされます。
出会いがあって、別れがあること。
親子であっても、分かり合えないこと。

運動会のお弁当を
親子で広げていただきました。
教室で一緒になった4組の親子。

「Kくんのヘッドギアって夏場洗えるの?」
「洗えるよ~メッシュになってるけど暑いと思うわ」

「この子これ(←カメラのレンズクリーナー)が好きやねん」
「そうそう!ウチの子も!ほっぺたに風が当たるのが気持ちいいんやね~」

そんな不思議な会話。
「普通」の子の親が見たら多分
可愛そうな光景だと思う。
でも皆本当に幸せそうな親子。
頑張ってるのは私たちだけじゃない。
みんな、頑張ってるんだって思いました。

「Tにはまだ施設のことは話してないけど
何となく分かってるみたい。」という彼女。
母親のありがたみを少しでも分かって欲しいわ、と
ちょっと寂しそうに笑いました。


Tくんの心の中には
何が渦巻いているんだろう?
どうなることが
一番幸せなんだろう?

今更そんなこと言っても仕方ないのかも知れないけど
やっぱり
そんなことを考えてしまいました。
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by karina0918 | 2010-06-13 17:36 | こども
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